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神戸地方裁判所 昭和57年(ワ)1463号 判決

原告

小林功一

原告

田中正矢

原告

山本富美男

右原告ら訴訟代理人弁護士

羽柴修

田中秀雄

被告

駒姫交通株式会社

右代表者代表取締役

阪口林三郎

右訴訟代理人弁護士

板持吉雄

楠眞佐雄

右板持訴訟復代理人弁護士

門間秀夫

主文

一  被告は、各原告に対し、別紙認容額一覧表の「合計」欄記載の金員及び右金員のうち同表の「未払賃金」欄記載の金員については昭和五七年一〇月二八日から、同表の「附加金」欄記載の金員についてはこの判決確定の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  各原告の被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用については、これを一〇分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項中の、別紙認容額一覧表の「未払賃金」欄記載の金員及びこれに対する昭和五七年一〇月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、各原告に対し、別紙請求額一覧表の「合計」欄記載の金員及び右金員のうち同表の「未払賃金」欄記載の金員については本訴状送達の日の翌日から、同表の「附加金」欄記載の金員については本判決確定の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は、いわゆるタクシー業を営む株式会社であり、原告らはいずれも、昭和五五年五月よりも前から、被告会社の従業員として、タクシー運転の業務に従事して来た。

(二)  原告らについてはいずれも、その勤務は、隔日の午前八時から翌午前二時までであつて、所定労働時間が、右の一当務につき一六時間で、一か月一三当務であり、その賃金としては、毎月二七日に(一月と一一月は一八日締め、二月は一七日締め、三月ないし五月は二〇日締め、その余の月は一九日締めで)、左記のとおりのものを支給される定めになつている。

① 基本給

一当務につき六四三二円(従つて、所定の一三当務では八万三六一六円)

② 定率歩合給

一か月の総水揚額が二一万四五〇〇円以上のとき、その総水揚額から一八万二〇〇〇円を控除した額の四六・五パーセント

③ 「深夜手当」

基本給と定率歩合給との合算額の一一・六パーセント

④ 公休出勤手当

(三)  原告らはそれぞれ、昭和五五年五月二一日から昭和五七年九月一九日まで(以下「本件期間」という。)の勤務につき、昭和五五年六月から昭和五七年九月までの各月、別表のとおりの基本給、定率歩合給及び「深夜手当」を支給された。

2  ところで、右1の「深夜手当」なるものは、名目がそうであるというだけで、労働基準法三七条の深夜(午後一〇時から午前五時までの間)割増賃金の実質を有さず、同条にいう割増賃金の基礎となる通常の賃金に含まれるというべきである(従つて、原告らはそれぞれ、本件期間中の後記の深夜労働に対する割増賃金を支給されていないといえる)。

3  右2についての具体的事情

(一) 被告会社における運転手従業員の勤務形態として、原告らの場合のような「隔日勤務」の外に、毎日午前七時から午後五時まで勤務する「昼間日勤」と、毎日午後六時から翌午前四時まで勤務する「夜間日勤」とがあり、右のような日勤者の所定労働時間は、右の一乗務につき八時間で、一か月二六乗務である。

(二) 右の日勤者についても、その賃金としては、毎月、一乗務につき三二一六円で算出される(従つて、所定の二六乗務で、原告らのような隔日勤務者の場合における一三当務のときと同額の八万三六一六円になる。)基本給並びに隔日勤務者の場合におけると同様の定率歩合給及び公休出勤手当の外、隔日勤務者の場合における「深夜手当」と全く同一の算出方法(すなわち、基本給と定率歩合給との合算額の一一・六パーセント)による「手当」が支給されて来た。

(三) 右の「基本給と定率歩合給との合算額の一一・六パーセント」という「手当」は、昼間日勤者についても、その勤務形態ができた当初(昭和四九年あるいはそれ以前)からしかも「深夜手当」という名目で支給されて来た。ただ、昼間日勤者については、その給料明細書のうえでのみ、昭和五七年六月分から、その直前に原告らが労働基準監督署に対して本件の不当性を訴えたがために、「昼勤手当」という名目に変更された。

(四) 以上のとおりであつて、深夜労働を全く伴わない昼間日勤者についても、深夜労働を伴う隔日勤務者及び夜間日勤者の場合における「深夜手当」と全く同一の算出方法による「手当」が、しかも同一の「深夜手当」という名目で支給されて来たのであるから、次項の点をも併せ考えると、これらの「深夜手当」なるものが、深夜割増賃金の実質を有さず、通常の賃金に含まれるというべきこと明らかである。

(五) タクシー業界における運転手従業員の賃金については、名目上は「基本給」プラス「……手当」とされるものの、実質的には(実際には)、合計で水揚額の一定割合になつていて、全て水揚額によつて決まる、という例が多い。

被告会社においても、そうであり、実質的には(実際には)、一か月の総水揚額の五一パーセントを一か月の賃金(但し、公休出勤手当は除く。)としているのであつて、雇用時にも、賃金については、「水揚額の五一パーセント」とのみ説明し、「深夜手当」等の内訳は説明していない。要するに、名目などはどうでもよく、そして、深夜労働をしようがしまいが、とにかく水揚額の五一パーセントが支給されるという契約なのである。

4(一)  原告らはいずれも、本件期間中の各月、少なくとも五二時間(四時間×一三当務)の深夜労働をした。

なお、労働時間には、客を乗せて走行中の実車時間ばかりでなく、客待ち、車両の点検、給油、洗車、納金等の付帯業務に従事した時間も含まれる。そして、帰庫後の洗車、納金に要する労働時間として一当務につき一時間が認められている。

(二)  原告らの場合、労働基準法三七条、同法施行規則一九条に従つた深夜割増賃金の一時間当たりの単価は、次のようにして算出される。

(三)  従つて、原告らの本件期間中の深夜割増賃金は、それぞれ、別表の「⑤未払賃金」欄のとおりとなる。

5  よつて、原告らはそれぞれ、被告に対し、別紙請求額一覧表の「未払賃金」欄記載の深夜割増賃金(別表の「⑤未払賃金」欄の額の合計額)及びこれと同額の右一覧表の「附加金」欄記載の労働基準法一一四条所定附加金並びに前者について訴状送達の日の翌日から、後者について判決確定の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は認める。

2  同1(二)の内、「翌午前二時まで」とするのは「翌午前三時まで」が正しいが、その余の事実は認める。

午前八時から翌午前三時までの拘束時間の内、正午からの一時間、午後三時からの三〇分間、午後六時からの一時間、午後一〇時三〇分からの三〇分間、以上計三時間が休憩時間であり(但し、その休憩をとる時間帯については、業務上の都合により若干の変動があつてもよい)、その余の一六時間が所定労働時間なのである。

3  同2については、否認し又は争う。

4  同3について

(一)、(二)の各事実は認める。

(三)の内、該「手当」が、昼間日勤者についても、給料明細書のうえでは、昭和五七年五月分まで「深夜手当」という名目で支給されて来た(昼間日勤者につき、給料明細書のうえで、同年六月分から「昼勤手当」という名目に変更された。)ことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)、(五)については、否認し又は争う。

5  同4について

(一)の内前段の事実は否認する。後段の内、帰庫後の洗車、納金に要する労働時間として認めているのは、一当務につき三〇分である。

(二)については、分子の「深夜手当」を削除する限りにおいて認める。

(三)については争う。

三  被告の主張

1  請求原因1の「深夜手当」は、まさに深夜割増賃金であり、従つて、被告は、原告らに対し、本件期間中の勤務についても含めて、法定額以上の深夜割増賃金を支給して来たといえる。

2  右1について

(一) 昼間日勤者に対して支給している、夜間日勤者及び隔日勤務者の場合における「深夜手当」と同一の算出方法による「手当」は、次のとおりであつて、右「深夜手当」とは支給原因、実態が全く異なる。

昼間日勤者は、タクシー業界でゴールデンタイムと称される、乗客が多くしかも深夜割増(二割増)料金となる午後一〇時以降稼働することがないため、夜間日勤者及び隔日勤務者に比して、水揚額が少なく、従つてまた歩合給が少ない。そこで、労働組合から、右のような収入較差を縮小するようにとの強い要望がなされ、団体交渉の結果(なお、被告は、昼間日勤と夜間日勤との一週間交代勤務を提案したが、受け容れられなかつた。)、昭和五四年七月、昼間日勤者については、ゴールデンタイムに稼動できないことによる不利益を補填する目的で、暫定的に、「深夜手当」と同一の算出方法による「昼勤手当」を支給する、旨協定したものである。

(二) 原告らの本件主張は、昼間日勤者に支給されている「昼勤手当」の算出方法が「深夜手当」のそれと同一であることを奇貨として、もうひとつ「深夜手当」をよこせと深夜割増賃金の二重払いを求めるものであり、全く不当である。

3  仮に、請求原因1の「深夜手当」が原告ら主張のとおりのものとしても、本件請求は、所定労働時間(一当務につき一六時間〈内、深夜が四時間三〇分〉で、一か月一三当務)を完全就労したことが前提であるところ、原告らの場合、勤務状況が極めて悪く、右前提を欠く。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1、2については、否認し又は争う。

2  同3についても、否認し又は争う。

本件請求にあつては、深夜労働を何時間したかが問題なのであつて、「完全就労」したかどうかは関係ない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1について

請求原因1(一)の事実及び同1(二)の内「翌午前二時まで」とする点を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、右の点については、〈証拠〉によつて、「翌午前三時まで」である(なお、その午前八時から翌午前三時までの一九時間の内、三時間が休憩時間、その余の一六時間が所定労働時間である。)と認められ、右認定に反する証人藤元芳一の証言部分及び原告小林功一本人の供述部分(第一二回)は採用し得ない。

そして、請求原因1(三)の事実については、被告において、明らかに争わないと認められるので、これを自白したものとみなす。

二請求原因2(及び3)について

原告らは、請求原因1の「深夜手当」なるものは、労働基準法三七条の深夜割増賃金の実質を有さず、同条にいう割増賃金の基礎となる通常の賃金に含まれると主張するのであるところ、当裁判所の結論を先に示すならば、右主張は正当なものというべきである。その検討過程を以下に述べる。

1  請求原因3(一)の事実(原告らの場合のような隔日勤務の外に昼間日勤と夜間日勤とがあること)が当事者間に争いないところ、同3(二)の事実(右の日勤者についても、原告らのような隔日勤務者の場合における「深夜手当」と全く同一の算出方法〈すなわち、基本給と定率歩合給との合算額の一一・六パーセント〉による「手当」が支給されて来たこと)、同3(三)の内、右の「基本給と定率歩合給との合算額の一一・六パーセント」という「手当」は、昼間日勤者についても、少なくとも給料明細書のうえでは、昭和五七年五月分までは「深夜手当」という名目で支給されて来た(なお、昼間日勤者につき、給料明細書のうえで、同年六月分からは「昼勤手当」という名目に変更された。)こと、これらの各事実が当事者間に争いないし、右各事実に、〈証拠〉を併せると、以下の各事実も認められ、右認定の一部に反するかのような証人藤原の証言部分は、右各証拠に照らして、採用し得ない。

右の「基本給と定率歩合給との合算額の一一・六パーセント」という「手当」は、昼間日勤者についても、夜間日勤者及び隔日勤務者の場合と、同じ時(遅くとも昭和四八年)から、同じ「深夜手当」という名目で支給されるようになつたのであり、その後少なくとも後記の昭和五四年七月までは、後記の「昼勤手当」というような呼び方も全くなく、夜間日勤者及び隔日勤務者の「深夜手当」と昼間日勤者のそれとで支給原因が異なるというような意識は、従業員はもちろん、被告会社としても持つていなかつた。

そして、タクシー業界における運転手従業員の賃金については、名目上は「基本給」プラス「……手当」とされるものの、実質的には、合計で水揚額の一定割合になつていて、基本的に水揚額のみによつて決まる、という例も少なくないところ、被告会社においても、所定の一三当務あるいは二六乗務を働いて基本給が八万三六一六円の場合、その基本給と定率歩合給及び「深夜手当」との合計額は、押し並べて水揚額の約五一パーセントになるのであつて、それ故にこそ、賃金につき、従業員は「とにかく水揚額の五一パーセント」という意識が強く、被告会社も「水揚額の五一パーセント」という説明をすることがあつた。

2 右1によれば、深夜労働を全く伴わない昼間日勤者についても、深夜労働を伴う夜間日勤者及び隔日勤務者の場合における「深夜手当」と全く同一の算出方法による「手当」が、当初から、しかも、少なくとも昭和五四年七月までは、右「深夜手当」とは異なる支給原因によるなどとは意識されることなく同じ「深夜手当」という名目で、支給されて来たのであるから、合計額が水揚額の約五一パーセント云々というような点をも併せ考えると、これらの「深夜手当」なるものが、少なくとも右の昭和五四年七月までにおいては、深夜割増賃金の実質を有さず、通常の賃金に含まれていたとみるべきこと明らかである。

3  ところが、前掲〈証拠〉によれば、昭和五四年七月九日、被告が、その直前頃から、深夜労働を伴わない昼間日勤者にも「深夜手当」を支給しているのは不合理だとの考えもあつて、日勤者は昼間日勤と夜間日勤とを一週間交代ですること、そうでなければ昼間日勤者については従来の「深夜手当」分は支給しないことにする、という趣旨の提案をしていたところ、被告と、被告会社の企業内労働組合である駒姫交通労働組合の執行委員長井口秀夫との間で、(昼間日勤者の中には、健康上あるいは家庭の都合等により昼間しか働けないあるいは働きたくないという者も多くて、右の一週間交代という提案は受け容れられない、ということを前提にして、)「昼間日勤者については、深夜手当分が減ずるので、深夜手当相当分を昼勤手当として支給し、現行賃金協定書通りの支給率になるように計算する。但し、右の取扱等については、次回賃金改訂時に、協定内容として消化する。」という「覚書」(前掲乙第二号証)が作成されたこと、右の「昼勤手当」とは、「昼間日勤者は、乗客が多くしかも深夜割増料金となる午後一〇時以降の時間帯に稼働することがないため、夜間日勤者及び隔日勤務者と比べて、水揚額が少なく、従つてまた歩合給が少ないので、その不利益を補填するための手当」という意味で用いられたこと、以上の各事実が認められる(右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。)ので、右「覚書」に表わされた合意(以下「本件合意」という。)が、労働協約として、夜間日勤者及び隔日勤務者の「深夜手当」につき、従前のような通常の賃金から外して真実の深夜割増賃金に変更する効力を有するのではないかということが一応問題になる。

しかし、本件合意は、次項に述べるとおりで、そもそも労働協約といえるかについても疑問があるばかりか、これを肯定できるとしても、右にいうような効力を有するものとは解し難い。

4  すなわち、

(一)  本件合意は、少なくとも労働協約としてみる限りにおいては、その「覚書」の文言からして、昼間日勤者の「深夜手当」分についてのものでしかなく、夜間日勤者及び隔日勤務者の「深夜手当」についての前記のような変更の定めをも含むものとは解し難い。

なるほど、昼間日勤者の「深夜手当」分を前記のような意味での「昼勤手当」に変更するというのは、その反面として、夜間日勤者及び隔日勤務者の「深夜手当」につき本来の意味(深夜割増賃金)のものに変更するという趣旨をも含むのではないか、という点が一応は指摘されよう。しかし、従前は通常の賃金に含まれていた夜間日勤者及び隔日勤務者の「深夜手当」につき、通常の賃金から外して真実の深夜割増賃金に変更するための労働協約としては、そのこと自体を直接的に書面化するような明確なものでなければならないというべきである。労働条件についての重大な不利益変更であるから、労働組合法一四条の趣旨が強調されてしかるべきである。

(二)  しかも、〈証拠〉によれば、本件合意の当時、前記駒姫交通労働組合の少なくとも一般組合員は、「深夜手当」とか「昼勤手当」がどうこうという話は誰からも聞かされなかつたこと、そして、右労働組合の昭和五五年臨時大会(同年四月開催)の議案書(右甲号証)中には、「昭和五四年度定期大会後経過報告」として、昭和五四年六月から昭和五五年三月までの間の労使協議会及び団体交称の協議・交渉内容が、例えば「ロッカー修理申入れ」というようなかなり細かい事項についてまで記載されているのに、そこに「深夜手当」とか「昼勤手当」に関する事項の記載が全くないこと、これらの各事実が認められる(右認定を左右する証拠はない。)のであつて、右認定事実と、前記のとおり、昼間日勤者につき、少なくとも給料明細書のうえでは、昭和五七年五月分まで従前通り「深夜手当」という名目で支給されたこと及び前記「覚書」の文言とに、証人藤原の証言を併せると、本件合意は、被告との間で、前記労働組合が、団体交渉をし、その結果労働協約として確定的になしたというものではなく、むしろ、右労働組合の執行委員長であつた前記井口秀夫が、被告から昼間日勤者の「深夜手当」分は削るという趣旨のことを言われて、自己が昼間日勤者であつたことも手伝つてか、とにかく昼間日勤者にも従前通りの計算で支給して欲しい、そうしてもらえれば名目はどうでもよいという思いで、組合内部で検討することなく、また、その名目を変更するなど賃金体系を確定的に改訂するのは次の正式な労働協約にまち、それまでの暫定的な取極めであるということを前提に、なしたものであり、被告としても、少なくとも、右のように暫定的なものであることは十分了解していた様子がうかがえる。右の一部に反する〈証拠〉は、他の前掲各事実に照らして、採用し得ない。

右のとおりで、本件合意については、そもそも労働協約といえるか疑問がある(少なくとも、前記井口に本件の如き内容の労働協約を締結する権限があつたことを認めるに足りる的確な証拠はない。)ばかりか、これを肯定するとしても、暫定的な取極めであつて、確定的に前記3にいうような変更をもたらす効力を有するとは解し難い。なお、証人藤原の証言及び弁論の全趣旨によれば、前記「覚書」にいう「次回賃金改訂」とか「協定内容として消化する」ことは、その後も現在なおなされていないことが認められる。

4  他に、本件全証拠を精査してみても、前記2のとおり通常の賃金に含まれていた夜間日勤者及び隔日勤務者の「深夜手当」につき、その後通常の賃金から外れて真実の深夜割増賃金に変更されるというような事由が生じたと認めるに足りる証拠はない。

なお、昼間日勤者につき、給料明細書のうえで、昭和五七年六月分から、「深夜手当」が「昼勤手当」という名目に変更されたことは前記のとおりであるが、これは、〈証拠〉によれば、その直前頃、原告らが労働基準監督署に本件の不当性を訴えたところ、同署が被告に対して給料明細書に「深夜手当」としているのはおかしいと指摘したためであると認められる。

三以上によれば、被告は、原告らそれぞれに対し、本件期間中の後記認定の深夜労働について、深夜割増賃金を全く支払つていないというべきである(問題の「深夜手当」以外に深夜割増賃金を支払つたとの主張、立証は全くない。)し、原告らの場合の法定(労働基準法三七条、同法施行規則一九条)の深夜割増賃金の一時間当りの単価は、請求原因4(二)のとおりにして算出されることになる。

四原告らがそれぞれ、本件期間中の各月、深夜労働を実際に何時間したかについて検討する(原告らは、請求原因4(一)のとおり、各月少なくとも五二時間と主張するものである)。

1  〈証拠〉によれば、労働時間には、客を乗せて走行中の実車時間ばかりでなく、客待ち、車両の点検、給油、洗車、納金等の付帯業務に従事した時間も含まれること、そして、帰庫後の納金、洗車には通常三〇分程度を要すること、これらが認められ、右認定の「三〇分」を超えて一時間という右原告本人の供述部分は採用し得ない。なお、右甲号証中には、仔細に検討してみると、始業点検三〇分と納金洗車三〇分とで併せて一時間ということが記載されているのである。

2  昭和五六年五月分(すなわち、同年五月に賃金を支給される分で、同年四月二一日から同年五月二〇日までの間)ないし七月分、昭和五七年五月分ないし七月分について

右1の認定事実に、〈証拠〉を併せると、右の各月分については、原告らはそれぞれ、別表の「⑥当務」欄記載のとおりの当務数で、少なくとも同表の「⑦深夜労働時間」欄記載のとおりの深夜労働をしたことが認められ(右認定の深夜労働時間は、乙第五ないし第七号証中の「深夜就労時間」に三〇分ずつを加算したものである。)、右認定を覆すに足りる証拠はないし、また、右認定の深夜労働時間を超える時間をいう〈証拠〉は、直ちには採用し難く、他に右認定の深夜労働時間を超えることを認めるに足りる的確な証拠はない。

3  右2の各月分を除くその余の月分について

これらの月分については、タコグラフとか業務日報が提出されていないが、弁論の全趣旨に照らすと、平均して一当務につき、少なくとも、右2の六か月間における一当務あたり平均の深夜労働時間は深夜労働をしたであろうと推認するのが相当であり、右にいう六か月間における一当務あたり平均深夜労働時間は、右2によれば、原告小林につき三・六〇〇時間、同田中につき四・一〇五時間、同山本につき四・二三六時間となる(小数第三位未満切捨)。

右推認を覆すに足りる証拠はないし、右推認の時間を超えると認めるに足りる証拠もない。

そして、これらの各月分における原告らの当務数はそれぞれその支給された基本給の額(別表の「①」欄)からして、別表の「⑥当務」欄のとおりであると認める(なお、右基本給が八万三六一六円である月分の中には、一三当務を超える場合もあるとはうかがえるものの、この点を明らかにする証拠はない)。

五以上に基づいて、原告らが本件期間中の深夜労働に対して支払を受くべきであつた深夜割増賃金の額を算出すると、それぞれ、昭和五六年五月分ないし七月分及び昭和五七年五月分ないし七月分については、別表の「⑧深夜割増賃金」欄のとおりとなり、その余の各月分については、別表の「⑨深夜割増賃金」欄のとおりとなる。なお、別表の「⑤未払賃金」欄の原告ら主張額を超える月分については、右主張額の限度とし、右「⑧」、「⑨」欄中には、〈 〉内にその主張額を記入してある。

六なお、被告は、本件の「深夜手当」が原告ら主張のとおりのものとしても、本件請求については、所定労働時間を完全就労したことが前提になる旨主張している。

なるほど、完全就労しなかつた月については、請求原因4(二)の計算式の分子(一か月の賃金)が、別表の「①基本給」、「②定率歩合給」及び「③深夜手当」の合算額よりも本来少なくなるべき、というのであれば、被告の右主張も意味を持つ。しかし、これまでに述べて来たところに、証人藤原の証言を併せると、被告は、ずつと、完全就労したかどうかに関係なく、とにかく請求原因1(二)の①ないし③のとおりにして算出される賃金を支給して来たことが認められるから、右主張は到底採用できない(少なくとも、別表の「①」ないし「③」の支給について、今更過払いであつたというのは、信義に反する)。

七以上によれば、被告は、原告らそれぞれに対し、別紙認容額一覧表の「未払賃金」欄記載の深夜割増賃金を支払うべき義務があるといえる。

そして、当裁判所としては、労働基準法一一四条に従い、被告が、原告らそれぞれに対し、右「未払賃金」額と同一額の右表「附加金」欄記載の附加金を支払うよう命ずることとする。

八そうすると、原告らの被告に対する本訴各請求については、それぞれ、別紙認容額一覧表の「合計」欄記載の金員及び右金員のうち同表の「未払賃金」欄記載の金員については弁済期の後である本訴状送達の日の翌日(昭和五七年一〇月二八日)から、同表の「附加金」欄記載の金員については本判決確定の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、理由があるから、これを認容し、その余の部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して(なお、附加金の支払を命ずる部分については、仮執行の宣言を付すのは相当でないから、その申立を却下する。)、主文のとおり判決する。

(裁判官貝阿彌 誠)

別紙別表一〜三〈省略〉

(別 紙)

一 認容額一覧表

原告名

未払賃金

附加金

合計

小林功一

二六万五二一七円

同上

五三万〇四三四円

田中正矢

二八万四五七四円

同上

五六万九一四八円

山本冨美男

三九万四八六八円

同上

七八万九七三六円

二 請求額一覧表

原告名

未払賃金

附加金

合計

小林功一

三一万〇三三六円

同上

六二万〇六七二円

田中正矢

二九万一〇九六円

同上

五八万二一九二円

山本冨美男

四〇万一三八八円

同上

八〇万二七七六円

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